めだま
うちにある本。
ルドンです。
中にはこんな図版がいっぱい。
そう、みな目がすごいのである。
なぜこんなものを引っ張りだしてきたかというと、
このごろ立て続けに観た映画で、目にまつわる表現が印象的だったため。
燃える小屋をみつめる男性のアップ。彼はいっさいまばたきをしない。
乾燥をふせぐため、彼の目には涙がのぼり、それが眼球の表面にうすく伸ばされ、また涙が・・・の、くりかえし。
映らざるをえない、そして注視せざるをえない、生理的なはたらき。
生きながら、身体がゾンビ化していく男性。
彼の身体はあちこち壊死し、ピンセットで蛆もつまみだす。
それでも、彼は歩き、話す。
決定的に「ああ、ゾンビなんだな」と思わせるのは、彼の目が白濁し、いわゆる「死んだ魚の目」になったとき。
やはり、目ってすごい。
というわけで、このごろ神社にも行けていないし、
5年分の狛犬ストックの中から目がすごい奴らをつまみだし!
まずは、器量よしさん。
目がビー玉。これはわたしの田舎、三重にいるもの。
ちなみに反対側の狛犬は、目玉が外れている。
そういうのも含めて愛おしい!
こういうのも上品ね。さすが京都。
ここから、歯車が狂いだすよ。
金色なのは縁起がよいけど、塗りかたが雑。
なんて情けない顔!新宿を守っているくせに!
これは衝撃的。宇宙人と呼んで差支えない。目どころの騒ぎじゃない。
ちなみに、わたしが最も愛する作家、泉鏡花の文章でこんなのがある。
鯛の目球は泡沫(あぶく)に成って鍋に消えた。ぐらぐら煮えるにもかかわらず。
(岩波文庫『鏡花紀行文集』より「玉造日記」)
文筆仲間と鍋をつついているときだ。
鯛の目玉を食べるのが好きな谷崎潤一郎に、嫌いな食べ物のほうが多い潔癖な鏡花。
鍋に放りこまれた目玉に怯み、座にいる皆が譲りあううちに、それはぶくぶくと鍋に沈んでしまう・・・というシーン。
鏡花のこういう文章が大好きだ。
谷崎はそれを気にすることもなく、じゃあ茶漬けでも食べるかと言うもんだから、
鏡花は「痛快だ。酒とともに、私は谷崎さんの目球に酔った。」と書くのである。
なお鏡花がどれだけ潔癖かというと、こんな文章にあらわれている。
お茶碗の三葉は生煮えらしいから、そっと片寄せて、山葵を活きもののように可恐(おそろし)がるのだから、われながらお座がさめる。
(岩波文庫『鏡花紀行文集』より「麻を刈る」)
狛犬から話題は逸れたが、「目」の魅力の拡がりは際限ないなあという小話。
さて、ビー玉狛犬を撮ったのは大学生の夏。
レッチリを聴きながら自転車で神社を巡っていました。
この曲がとくに好きだった! フルシアンテのギターが炸裂する。
Red Hot Chili Peppers:Turn It Again(2006)