薄あじ
『たてがみ』の記事にて、タテガミぺったんこの例としてこの狛犬をおみせしたのを覚えておいでだろうか。
薄い。薄いうえに、形にもさほど特徴がない。
狛犬博愛主義者のように気取っているが、神社の階段をかけあがり(ひとりで)、木々のなかをかけぬけ(ひとりで)、汗でファンデーションどろどろにしながら(ひとりで)出くわすのがこういう狛犬だと、正直がっかりしてしまう(ひとりで)。
きっと、わたしがまだまだ未熟ものだということだろう。
今回は、弔い祭り、かつ 自らの修行として! なんとかして薄いかれらを褒めちぎりたい。
まずはこちら。薄いどころか貧弱である。お風呂からあがった飼い犬みたいだ。
でも、ほら! 木々と一体化できてる! 擬態、擬態!
こちらは風景となじみすぎている。
でも、擬態! 擬態!
※イメージ。昆虫図鑑より。
ただでさえ薄いのに、フラッシュを焚いたら亡霊のようになってしまった。すまん。
でも、夏っぽいし、キャスパーみたいで良いじゃない!
(うっかりミシュランマンといってしまうと、褒めことばではなくなる気がする。)
そして、前回「特徴ないなー」と一刀両断したかれも。
でも、なにかに似ていないか。そう、(安易にゴジラといいたいのを抑えて)ガーゴイルだ!
※イメージ。ペイズリー修道院の個性的な面々。
余談だが、このなかに1体エイリアンみたいなのがいる。
さいごに、彫りは浅いのに、顔が描かれてちょっと濃くなった例。
男前になった。
薄い狛犬たちに良かれと、こうして書いてみたが、どうもお互いに傷つけあってしまった印象が否めない。
それに、じつは真の没個性的な狛犬には、まだ触れられていないのだ。ひとえにわたしの力不足、悔し涙!
いつかかれらも文章で愛でられるよう、精進せねばだ。
さて、薄い狛犬のあとごらんにいれますのは、かなり濃いこのアーティスト。
せーの、プリーズウェルカム、アダム・ランバート! 愛してる!
Adam Lambert:Never Close Our Eyes(2012)
いやしかし濃いわ。
ピンクヘアーのギタリストは、トミー・ジョー・ラトリフといって、ずっとアダムと演奏しているひと。
ライブではアダムとトミーのいちゃいちゃ、そして濃いキスがお約束。adommyで検索してみてね。
誰がどんな愛をさけぼうと、まったくなにもかんじないけれど、
アダムちゃんのいう Love だけは信じてみたくなる。